富山地方裁判所 平成元年(わ)220号 判決 1990年4月13日
主文
被告人を懲役一年六月に処する。
この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。
富山地方検察庁で保管中のビデオカセットテープ一九五〇巻(富山地方検察庁平成元年領第三三四号符一七号ないし符一九四八号、符二〇六九号ないし符二〇八六号)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
一 別紙一覧表記載のとおり、平成元年六月中旬ころから同年一一月上旬ころまでの間、前後二三回にわたり、宅配便の配達方法により、秋田県平鹿郡《番地省略》所在のS方ほか一七か所において、同人ほか一七名に対し、男女性交の場面等を露骨に録画した猥褻図画であるビデオカセットテープ「女秘書」など合計一三一巻を代金合計四〇万七九〇〇円(送料を含む)で販売した
二 販売の目的をもって、同年一一月三日、北海道北見市《番地省略》所在の甲野ビデオ電器店において、前同様の猥褻図画であるビデオカセットテープ「洗濯屋ケンちゃん」など一九五〇巻(富山地方検察庁平成元年領第三三四号符一七号ないし符一九四八号、符二〇六九号ないし符二〇八六号)を所持した
ものである。
(証拠の標目)《省略》
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は被告人の判示事実中の猥褻文書等販売目的所持罪につき、本件ビデオカセットテープはマザーテープ(ネタ版)として所持するものであり、被告人はこれをダヴィングしてダヴィングテープのみを販売する意思であり、マザーテープ自体を販売する意思がなかったのであるから、これを所持することはいわば、猥褻な情報を販売目的で所持するにすぎず、情報自体は有体物でないから、猥褻文書等販売目的所持罪の構成要件には該当せず、無罪であると主張する。そこで以下判断する。ビデオカセットテープ自体はビデオカセットデッキにより容易に猥褻な場面を視覚により認識できるものであり、本条にいう猥褻物に該当するものであり、これを不特定多数の者に販売する目的で所持すれば、猥褻文書等販売目的所持罪が成立することはいうまでもない。
そして、このマザーテープ自体を販売するのではなく、予めあるいは注文を受けた都度これをダヴィングして、ダヴィングテープを販売目的で所持するに至れば、これについて猥褻文書等販売目的所持罪が成立することは問題がない。
問題は所持にかかるマザーテープ自体を販売する目的がなくても、注文があり次第、これをダヴィングしてダヴィングテープを販売する目的で所持する場合も猥褻文書等販売目的所持罪に該当するか否かであるが、所持にかかる猥褻物と販売する猥褻物とが同一物でなくても、猥褻物を複写して複写物を販売する目的で所持するに至れば「販売の目的」及び「所持」があると認められ、猥褻文書等販売目的所持罪に該当すると解すべきである。なぜなら、本条の立法趣旨は猥褻文書等が一般社会に広く流布されることにより善良な性風俗が害されることを防止しようというにあるところ、今日の情報化社会を迎えるまでは複写物を作成することには困難が伴い、販売しようとする目的物自体を所持するに至らなければ、即ち、所持にかかる猥褻物と販売する猥褻物が同一物でなければ、これを猥褻文書等販売目的所持罪として処罰する必要性も乏しかったものであるが、今日のように猥褻物を複写することが容易になった時代においては、販売する目的物自体を所持する以前であってもこれを複写して販売する目的で猥褻物を所持するに至れば、これ自体は原本としてのみ使用し、販売する意思がなかったとしても、猥褻物が社会一般に流布される危険性は高く、販売する目的物自体を所持する場合とその危険性において違いがないと考えられるし、また、このように解しても右犯罪構成要件の文理に反するとは解されないからである。
これを本件についてみると、被告人は猥褻なビデオカセットテープを販売するに当たり、当該ビデオカセットテープ自体はマザーテープとして使用し販売する意思がなかったところ、機械を用いて若干の画質の劣化が認められるほか殆ど電磁的に同一のダヴィングテープを容易に作成することができ、注文があり次第、これを作成して販売する目的は持っているのであるから、マザーテープ自体を販売する目的でなかったとしても、既にダヴィングしたダヴィングテープを販売目的で所持する場合と猥褻物が一般社会に流布される危険性において何ら異なるものでなく、被告人の判示事実中の販売目的で本件ビデオカセットテープを所持した所為は猥褻文書等販売目的所持罪に該当すると解される。
したがって、弁護人の主張は独自の見解に基づくものであるから採用できない。
(法令の適用)
罰条 包括して刑法一七五条
刑種の選択 懲役刑選択
執行猶予 刑法二五条一項
没収 刑法一九条一項一号、二項本文
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 矢田廣髙)
<以下省略>